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市販後調査


医学安全性


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安全性の仕事

 製薬の業界では安全性といった場合、インビボでヒトに投与される以前の動物実験やインビトロの実験から対照となる薬剤の安全性のみを指す場合があるが、ここでは我々は医学的な立場から薬剤のヒトに対する安全性に関わるという意味で安全性という言葉を使用する。普通に臨床に従事している医師にとって、製薬会社の製薬医学専門家の仕事の内容を想像することは、難しいのではなかろうか。医薬品はモノではあるけれど、それを裏から支える情報があって初めて安全かつ効果的に使用できるものだ。 薬の安全を支える仕事は、安全監視業務、カタカナ書きではファーマコビジランスと言われる。

 WHO(世界保健機構)のファーマコビジランスの定義によれば、「薬剤に関連する有害な効果や関連する可能性のある問題について、同定し、評価し、理解し、予防することに関わる科学と活動である。」とされている。具体的に言えば、情報の収集、情報の評価と安全確保措置の立案、措置の実施、の3段階である。ファーマコビジランスについては各国・各地域(EU)の薬事法やそれを基にした詳細な規制に従わなくてはならない。

 なお、こういった安全管理の業務を規制に従って実施することは、各国・各地域における製造販売業の許可要件となっており、業務を適切に実施しているかを監視するための査察が、各国・各地域(EU)の規制当局によって行われている。日本では国や都道府県による査察がおこなわれる。

 また医薬品が有効に医療現場で使用されるためにはリスクベネフィットのバランスをとる必要があるが、この作業は医薬品の候補が実際にヒトに投与される前に始まっている。試験管内の試験、動物での試験などを通じて、好ましい特性を持つ化合物のみがヒトに投与される。ヒトに最初に投与する際には、低用量から安全を確認しながら行うと同時に、副作用の発現、体内での薬物の挙動などを詳しく調べる。ただし、健康な成人を被験者とすることが多く、投与の回数も限られているため、薬物の効果についての知見は得られないことが多い。ヒトでこのように薬理学的な検討を行う試験は第1相(臨床薬理)試験と呼ばれ、得られた情報は第2相以降の臨床試験での適切な用法用量を決める基礎データとなる。

 外資系企業の場合、ヒトへの最初の投与は日本人以外で行われることが多く、その場合、日本人を対象に行う第1相試験の目的の一つは、日本人での安全性とともに、外国人での結果が日本人にも共通するかを検討し、日本人での適切な用法用量を決める判断材料にすることにある。試験管内、動物での試験結果を適切に解釈してヒトへの初期の投与を最適なものにする上で、特に研究歴のある医師のセンスは役に立つと感じている。また、ヒトへの投与経験がまだ限られている化合物なので、第2相以降の試験以上に安全性への配慮が必要になる。臨床薬理試験を医師がサポートすることにより、医療施設から報告される副作用の重要性について治験を行っている医師と密接な協議をおこない、適切で早い判断をすることが可能である。概して、薬物の代謝については科学的知見が集積しているため、科学的な議論に満ちた仕事である。

 これら臨床試験で得られたデータをもとに医薬品は承認される。発売された後はさらにいろいろな状態の患者さんたちに使用されることになり、安全性に関する情報量もさらに多くなる。



1. 情報の収集と報告

 医薬品の安全性に関する情報は、基本的に何でも収集すべきなのだが、安全性情報を自発報告と依頼に基づく報告に分けて収集・分析する。日本ではMRが収集する国内副作用症例情報、文献検索で得られる副作用症例報告文献・学会発表、コールセンター等に直接寄せられる副作用症例情報、海外の関連会社から得られる外国症例情報、さらに、国内外の臨床研究や基礎研究の文献や海外の規制当局の行う安全確保措置と、様々のものがある

 通常、集めた情報が最初から十分であることは少なく、可能であれば情報源である医師・薬剤師等の医療関係者をMRが訪問して追加情報を収集する。この時、どのような追加情報が必要かを指導するのは社内製薬医学専門家の大事な仕事である。時には、社内製薬医学専門家が電話で直接、担当医と話をしたり、有害事象が報告された施設を直接訪問して、担当医と話をすることもある。最初の情報源が学会発表だったりすると、副作用の原因と疑われた薬の会社のMRが、発表者の先生に殺到するという光景が見られる。

 収集した情報は、この後のステップで利用できるように、データベースに入力して管理していくことが必要である。世界的に情報の重篤性や新規性などから、入手から7日以内、15日以内に各国・各地域の規制当局に報告することが義務付けられている。またそのような症例の迅速報告以外に、安全性の収集・評価・措置などをまとめた定期的な安全性報告も求められる。



2. 情報の評価と安全確保措置の立案

 情報を評価するというのは、集めた情報にもとづいて、薬の安全性を確保するために安全確保措置、即ち何らかの行動が必要であるかどうかを考えるということである。

 収集された副作用症例の情報は、重篤か否か、薬との因果関係、報告された事象が製品の添付文書、市販前ならばIB(Investigators' Brochure)から予測できるか、といった基準で整理され、要件を満たしたものは日本の規制当局や海外の関連会社に迅速報告しなければならない。これらの予測性・重篤性の判断、有害事象に対する企業の意見のチェックなどは社内製薬医学専門家の重要な仕事の1つである。情報の入手から報告までの期限は上に述べたように厳密に定められている。、なお、海外に発信するあるいは海外から入手する情報は英語が標準になっている。 安全確保措置には、添付文書の改訂、医療関係者向けのお知らせ情報の提供などが含まれる。非常に重大な情報の場合は、緊急安全性情報という形での情報伝達が行われる。黄色い紙に赤い文字で印刷された文書で、MRが手渡しで配布するほかに、薬剤部から回覧されてきたり学会誌に綴じ込まれていたりする。これらの文書の医学的な妥当性なども社内製薬医学専門家がチェックを求められる。

 よくあるのは添付文書の改訂である。医薬品の箱に入っている添付文書には、使用上の注意などの項目に副作用についての情報が載せてあるが、その情報を最新の知見に基づいて更新するのが添付文書の改訂である。これは意外と頻繁に行われていて、発売後間もないと年に数回の改訂が行われることもある。現場の医師は、通常処方箋を書くだけで、自分で薬の箱を開けることはないので、添付文書が改訂されていることにも気付かない人も結構いるようだが、ネットで添付文書が公開されているのでぜひご覧いただきたい。ある意味で添付文書はその医薬品の安全性情報の結晶のようなものなのだ。

 医薬品の安全監視はその製造販売を行っている会社が主体となって進めるのだが、国も責任の一端を負っており、会社から報告した情報や独自に収集した情報に基いて、会社に照会を出したり、時には指示を行ったりして、安全確保に努めている。具体的には医薬品総合機構の担当官からFaxで照会が行われ、それに回答することが会社の仕事になる。海外ではアメリカのFDAやEUのEMAなどの照会・指示が製薬企業本社の文書改定に至り、日本の添付文書にも影響する。

 外資系企業では、製品の添付文書は海外本社により全世界で統一的に管理されており、日本のものだからといって国内で決定することはできない。本社の担当者の承認を得るために、時には電話会議で激論を戦わせることもある。外資系企業では決定権を持っているのはアメリカやヨーロッパ本社の社内製薬医学専門家なので、日本も社内製薬医学専門家が先頭に立つことも多い。当局からの照会、多くの場合は事実上の指示と、本社との間で板ばさみになって苦しむことも多いのが実情である。



3. 安全確保措置の実施

 添付文書の改訂を行い、医療機関向けお知らせ文書を配布して医療関係者に注意を喚起することが実施段階の主な仕事である。処方を受けた患者さんに直接配布するリーフレットを用意することもある。最も緊急度が高いと判断される場合、厚労省の指示で緊急安全性情報、いわゆるドクターレターを出す。黄色の紙に赤字で印刷されたもので尋常ではないことが視覚から飛び込むようになっている。更に、インターネット上に情報を掲載するほかに、インパクトが大きい情報の場合はプレスリリースやQ&Aを作成し、場合によっては記者会見まで行う必要がある。これらの仕事も場合により、社内医師が関与する。

 安全性担当の製薬医学専門家は上記の他にも様々仕事を行っている。医学的な判断を行う場面で決断を下すのは当然であるが、決断とまではいかなくても、業務上の小さな部分で医学的知識が役に立つ場合は結構ある。一般社員が悩んだ場合、製薬医学専門家に相談して問題が解決することは多い。医師の書いた報告書の文字が読めない、略語が分からない、といった些細な、しかし担当者にとっては切実な問題は、ほぼ毎日発生している。

 安全性をめぐってMRと顧客医師との間でトラブルがこじれ、どうしようもなくなって持ち込まれて火消しにあたることもある。MRと同行して医師を訪問して、立ちんぼで3時間待ってようやく面会できたなどという経験もあったりする。そういう時に、医師と書かれた名刺を出すと、ちょっとだけ場の雰囲気が変わり、何とか治まったりするから、MRさんにとっては多分強い味方なのだと思う。一度相手が大学の同級生だったことがあり、電話1本で済んだときは心底うれしかった。

 また、製薬医学専門家には元々優秀な人が多く、英語に堪能であるのが普通なので、必ずしも医学に限らずなんでも相談を受けることが多い。とにかく、会社の中では製薬医学専門家は特別な存在であり、周囲の期待も大きい。勤務医時代とは異なり、当直はなくなったが、日米欧の三極電話会議では日本は夜の時間帯にならざるを得ず夜勤は付いて回る。社内製薬医学専門家の責任は重大であり、いい加減なことはできない、厳しい職場でもあるのである。また安全性担当社内製薬医学専門家の十分な経験を積んで、薬事法上企業の医薬品安全管理の責任者を務める社内製薬医学専門家も増加傾向にある。

 医薬品の安全確保は、人々の健康、すなわち公衆衛生上もきわめて重大な課題である。それだけやりがいのある、魅力的な職場だと思っている。





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