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薬害再発防止のための提言


日本製薬医学医師連合会(JAPhMed)
- 薬害再発防止のための提言 -


有効で安全な医薬品の使用を推進するうえで、薬害は社会的な規模での不幸な転帰である。残念なことにわが国ではクロロキン薬害やサリドマイド薬禍等の薬害がたびたび繰り返されてきた。
本年、被害者団体からの要望に応えて、「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会(以下、委員会)」が設立され、事態の解明と再発防止に向けた種々の検討が開始されており、検討結果の中間とりまとめが公表されている(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/s0731-9.html)。

今般、医療現場での診療と医薬品の開発・市販業務の双方に実務経験を持つ医師会員からなる日本製薬医学医師連合会(以下、JAPhMed)では、この中間とりまとめに対する会員の意見を集約し、更に行政以外の課題についても検討し、今後の薬害再発防止に資するべく、その検討結果を提言する。



1.中間とりまとめに対する会員の意見

公開された中間とりまとめに対して、各項目に関する委員会での課題の洗い出しと、検討不十分と思われる点についての指摘事項を以下3点に集約した:


1-1) 人材・組織

リスク管理に必要な医師・疫学者・統計専門家等の多様な人材の不足が認識されているが、そのための育成計画が具体的に明示されていない。また、副作用に対する正しい理解を求めるための社会的な教育を医師・患者・メディア・国民といった関係者に対して国家的に推進する計画も示すべきである。更に医師に対しては、有害事象報告を金銭的なインセンティブで誘導するのではなく、診療に携わる医師としての本来の義務であることを強調して然るべきであり、そのために医学部教育の充実も必要と考える。
全体に人数不足を訴える論調となっており、実際に欧米組織に比較して格段の人員不足にあることは否めないが、増員を前提とした議論ではなく、人材の質と業務の優先順位付け、権限委譲や意思決定プロセスを考慮した組織構成に基づいて積算した議論が必要である。


1-2) プロセス

第三者からの客観的な行動評価(Performance Review)を受ける仕組みがなく、取った施策の妥当性を検証する制度が検討されていない。わが国には再審査や再評価といった既存制度があるが、薬害の進展においてどのような役割を果たしてきたのか(こなかったのか)の検証がない。さらに、薬害予防の体制化を進めるうえでのタイムラインが示されておらず、迅速な実現が期待できるのかが不明である。


1-3) 戦略・成果

問題は山積しているが、すべての問題が一様に重要なわけではないため、網羅的に取り組むのではなく、課題の絞込みと優先順位付けが必要である。また、戦略的な判断と行動を評価するためには、あらかじめ責任の所在を明確にしておくべきである。なによりも過去に繰り返された薬害を検証して、得られた学びを恒常的な品質管理計画に反映し、組織体制・プロセスの改善に活用すべきである。


2.考えられる薬害発生のリスクと対策

薬害肝炎事件に限らず、過去に繰り返されたいくつかの薬害の経緯をふまえ、平常時の情報収集とインフラ構築への提案(スライド1)、臨時のリスクに対する判断への提案(スライド2)、および対応のシミュレーションの提案(スライド3)をまとめた。 →薬害リスクの所在と対策.pdf
さらに、これらの提案の背景として、現在の市販後安全管理体制における問題点の認識、学会のリーダーシップへの期待、更に適応外使用への対応について以下のとおり考察した:


2-1) 現在の市販後安全管理体制における問題点

2-1A) 医学的意義・疫学的評価に乏しい対策
現在の総合機構安全部では、診療経験のある医師が個別症例報告に対する医学的な評価や報告者(企業、医療関係者)との議論を担当技官として常時展開できる状況にはない。従って、規制当局としての指導は物理的な累積報告数に依存しがちで、ブロックバスター品目であるほど添付文書には警告や注意喚起事項が山積し、結果として効果的な情報文書としての使命を果たせないでいる。
幸い、日本では製造販売後調査(PMS)が制度化されており、特に全例悉皆調査であれば曝露総数が確定でき、近年ほとんどの抗悪性腫瘍医薬品や抗体医薬の承認条件として全例調査が課せられている。しかし市販後の全例調査実施時期に直後調査を重複して展開する意義は乏しく、また臨床疫学の観点からは自社品以外の品目に対する調査が困難な(比較データが得にくい)現状で得られるデータの有用性は限定的である。定点施設での観測体制強化や連続患者登録制度など、適切な代替案の検討を要する。

2-1B) 有害事象報告制度に対する社会的認知不足
国家的に推進されている治験体制と違い、医療崩壊とも呼ばれる深刻な人手不足の医療現場では、診療の合間を縫っての有害事象自発報告やPMS調査義務に悲鳴をあげているのが実態である。PMS調査契約事項の認知度は高くなく、詳細情報提供の依頼には必ずしも協力的ではない。施設を選別できない全例調査においても状況は同じである。
また、因果関係の判定や重篤度の報告に際して、主治医の医学的な判断と薬事法上の分類には乖離があり、忙しい診療のために十分な医学的根拠を確認することなく報告用語が選択される場合もある。さらに、一部の企業や医療関係者においては未だに販促機会との識別が十分とはいえない実態もあり、より一層の啓発が必要である。


2-2)  学会のリーダーシップへの期待

薬害の歴史を振り返ると、行政や企業のあり方に加えて、医学専門家集団としての学会の果たすべき役割も重要である。
特定領域におけるオピニオンリーダー個人の経験に依存するのではなく、学会が組織的な行動体制を構築し、意思決定のプロセスに透明性を確保すれば、医学的な独立性が確立され、信頼される社会財となるはずである。

尊敬される自律的な医学専門家集団に期待されるのは、有効で安全な診療ガイドラインの提示と徹底による診療の客観的評価と標準化の推進、unmet medical needsを解消するためのドラッグ・ラグ品目やオーファンドラッグ・小児用医薬品等の開発への支援、承認審査への組織的貢献による重複審査の廃止、市販後安全管理への組織的な貢献など、多岐多様にわたる。こうした活動を通して、薬害再発防止への医学的リーダーシップの発揮が望まれる。


2-3)  適応外使用への対応

承認された効能効果や用法用量以外の臨床使用によって発生・増幅された薬害も多く、いわゆる適応外使用への対応の確立が重要である。
現在、多くの未承認医薬品が個人輸入されているが、具体的な暴露患者数や有効性・安全性・品質に関する使用実態の把握が不可能であるだけでなく、製薬企業による開発計画にも影響を及ぼす可能性がある。具体的な対策として、薬監の発行時には有害事象報告用紙を配布し、処方医からの当局報告を義務化するなど、確実に安全性情報を把握するための制度化が望まれる。
また、国内開発中の未承認薬へのアクセスとしては治験終了後の安全性確認試験への参加や、欧米のCompassionate Use制度の一部導入も実施されているが、更なる体制の整備充実と国民への広報が必要である。
日常診療ではなく臨床研究として投薬する場合は、臨床研究の指針に従って高度な管理体制を確立し、さらに被験者保護を確実にすべきである。今日の医学研究の現場では公的研究予算は限定的であり、一方で奨学寄付金制度には利益相反をはじめ改善すべき点が多く、産学連携事業に必須の研究の契約化は理工系学部にはない困難がある。健全な学術計画と財政支援、被験者の保護により、管理された体制下での安全な医薬品使用を確実にすべきである。


3.まとめ

今後、不幸な薬害が再発することのないように、JAPhMedは医薬品行政・学会・業界に対して以下のとおり要望する:


医薬品行政への要望

1. 安全性担当部門への医師の配属
総合機構安全部に常勤技官としての医師の配属を早急に実現し、タイムリーな安全性情報の医学的評価とリスク管理に従事して欲しい。更に、人材交流はリスク意識の共有に不可欠であり、行政と医療現場と業界との間で適切な制度化を実現して欲しい。

2. リスク度に対応した安全管理体制の実現
すべての問題に網羅的に対応するのではなく、限られた資源を有効に使って迅速に成果を出すために、リスクの度合いに合わせてメリハリのきいた安全管理体制を制度化して欲しい。

3. 国民的な啓発運動の実現
副作用のない医薬品はなく、診療現場は常にベネフィットとリスクのバランスで成り立っていることについて、国民の正しい理解が得られるように社会的な啓発活動を推進して欲しい。


学会への要望

医学のプロ集団としてのリーダーシップの発揮と組織的活動
必要なリソースの確保とプロジェクト管理により、中長期ビジョンに基づく戦略的活動を展開して、あるべき医薬品行政をサポートして欲しい。


業界への要望

安全管理部門への常勤医師社員の配属
診療経験を活用してタイムリーに医学的な評価を行い、企業としての判断やリスク管理に貢献できるよう、各社の安全管理部門に常勤の医師社員を採用して欲しい。


2008年12月10日


文責:
JAPhMed会長  高橋 希人
JAPhMed幹事会




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