市販後調査
安全性の仕事
普通に臨床に従事している医師にとって、製薬会社の製薬医学専門家の仕事の内容を想像することは、難しいのではなかろうか。医薬品はモノではあるけれど、それを裏から支える情報があって初めて安全かつ効果的に使用できるものなのだ。日常的に医薬品を使用していても、その製品の裏側の事情にはなかなか考えが及ばないものだ。
薬の安全を支える仕事は、安全監視業務、カタカナ書きではファーマコビジランスと言われる。その基本は、情報の収集、情報の評価と安全確保措置の立案、措置の実施、の3段階である。薬事法や国際ルールに従うほか、外資や海外に進出している内資メーカーでは米国や欧州等の外国の
なお、こういった安全管理の業務を実施することは、医薬品再審査や製造販売業の許可要件となっており、
1. 情報の収集
医薬品の安全性に関する情報は、基本的に何でも収集すべきなのだが、主要なものだけでも、MRが収集する国内副作用症例情報、文献検索で得られる副作用症例報告文献・学会発表、コールセンター等に直接寄せられる副作用症例情報、海外の親会社や提携先から得られる外国症例情報、さらに、国内外の臨床研究や基礎研究の文献や海外の規制当局の行う安全確保措置と、様々のものがある。
通常、集めた情報が最初から十分であることは少なく、可能であれば情報源である医師・薬剤師等の医療関係者をMRが訪問して追加情報を収集する。この時、どのような追加情報が必要かを指導するのは社内製薬医学専門家の大事な仕事である。時には、社内製薬医学専門家が電話で直接、担当医と話をしたり、有害事象が報告された施設を直接訪問して、担当医と話をすることもある。最初の情報源が学会発表だったりすると、副作用の原因と疑われた薬の会社のMRが、著者の先生に殺到するという光景が見られる。
収集した情報は、この後のステップで利用できるように、データベースに入力して管理していくことが必要である。
2. 情報の評価と安全確保措置の立案
情報を評価するというのは、集めた情報にもとづいて、薬の安全性を確保するために安全確保措置、即ち何らかの行動が必要であるかどうかを考えるということだ。
収集された副作用症例の情報は、重篤か否か、薬との因果関係、報告された事象が製品の添付文書から予測できるか、といった基準で整理され、要件を満たしたものは日本の規制当局や海外の親会社・提携先会社に報告しなければならない。これらの予測性・重篤性の判断、有害事象に対する企業の意見のチェックなどは社内製薬医学専門家の重要な仕事の1つである。情報の入手から報告までの期限は厳密に定められており、例えば国内の重篤で予測できない副作用症例情報は、入手から15日以内に医薬品総合機構に報告することになっている。海外でも同様に報告する必要があるため、親会社には更に急いで報告する必要がある。もちろん英訳して。
安全確保措置には、添付文書の改訂、医療関係者向けのお知らせ情報の提供などが含まれる。非常に重大な情報の場合は、緊急安全性情報という形での情報伝達が行われる。黄色い紙に赤い文字で印刷された文書で、MRが手渡しで配布するほかに、薬剤部から回覧されてきたり学会誌に綴じ込まれていたりする。これらの文書の医学的な妥当性なども社内製薬医学専門家がチェックを求められる。
よくあるのは添付文書の改訂だ。医薬品の箱に入っている添付文書には、使用上の注意などの項目に副作用についての情報が載せてあるのだが、その情報を最新の知見に基づいて更新するのが添付文書の改訂である。これは意外と頻繁に行われていて、発売後間もないと年に数回の改訂が行われることもある。現場の医師は、通常処方箋を書くだけで、自分で薬の箱を開けることはないので、添付文書が改訂されていることにも気付かない人も結構いるようだが。
医薬品の安全監視はその製造販売を行っている会社が主体となって進めるのだが、国も責任の一端を負っており、会社から報告した情報や独自に収集した情報に基いて、会社に照会を出したり、時には指示を行ったりして、安全確保に努めている。具体的には医薬品総合機構の担当官からFaxで照会が行われ、それに回答することが会社の仕事になる。
外資系企業では、製品の添付文書は全世界で統一的に管理されており、日本のものだからといって国内で決定することはできない。本社の担当者の承認を得るために、時には電話会議で激論を戦わせることもある。外資系企業では決定権を持っているのはアメリカやヨーロッパ本社の社内製薬医学専門家なので、日本も社内製薬医学専門家が先頭に立つことも多い。当局からの照会、多くの場合は事実上の指示と、本社との間で板ばさみになって苦しむことも多いのが実情だ。
3. 安全確保措置の実施
添付文書の改訂を行い、緊急安全性情報や医療機関向けお知らせ文書を配布するのが実施段階の主な仕事だ。ここでも規制が働いており、緊急安全性情報では4週間以内に伝達し、MRによる情報伝達の記録を作成し、当局に報告しなくてはいけないのだ。それ以外のものでも社内手順で期限を定め、伝達記録を作成するところまでは必要である。更に、インターネット上に情報を掲載するほかに、インパクトが大きい情報の場合はプレスリリースやQ&Aを作成し、場合によっては記者会見まで行う必要がある。これらの仕事も場合により、社内医師が関与する。
安全性担当の製薬医学専門家は上記の他にも様々仕事を行っている。医学的な判断を行う場面で決断を下すのは当然であるが、決断とまではいかなくても、業務上の小さな部分で医学的知識が役に立つ場合は結構ある。一般社員が悩んだ場合、製薬医学専門家に相談して問題が解決することは多い。医師の書いた報告書の文字が読めない、略語が分からない、といった些細な、しかし担当者にとっては切実な問題は、ほぼ毎日発生している。
安全性をめぐってMRと顧客医師との間でトラブルがこじれ、どうしようもなくなって持ち込まれて火消しにあたることもある。MRと同行して医師を訪問して、立ちんぼで3時間待ってようやく面会できたなどという経験もあったりするのだ。そういう時に、医学博士と書かれた名刺を出すと、ちょっとだけ場の雰囲気が変わり、何とか治まったりするから、MRさんにとっては多分強い味方なのだと思う。一度相手が大学の同級生だったことがあり、電話1本で済んだときは心底うれしかった。
また、製薬医学専門家には元々優秀な人が多く、英語に堪能であるのが普通なので、必ずしも医学に限らずなんでも相談を受けることが多い。とにかく、会社の中では製薬医学専門家は特別な存在であり、周囲の期待も大きい。勤務医時代とは異なり、土日出勤や当直はなくなったが、社内製薬医学専門家の責任は重大であり、いい加減なことはできない、厳しい職場でもあるのである。また安全性担当社内製薬医学専門家の十分な経験を積んで、薬事法上企業の医薬品安全管理の責任者を務める社内製薬医学専門家も増加傾向にある。
医薬品の安全確保は、国民衛生上もきわめて重大な課題である。それだけやりがいのある、魅力的な職場だと思っている。








